米長哲学から考える麻雀の目無し問題
将棋の、故米長邦雄永世棋聖をご存じだろうか。私は彼の将棋が好きだ。序盤が薄いが中盤・終盤と厚みのある駒の運びで逆転したり、泥沼派とも称される粘り腰が好きだった。
彼には1つの哲学がある。それは、たとえ自らにトーナメントなどの優勝の目が無くなり、ある種の消化試合となったとしても、それが他者にとって重要な一戦であるなら決して手を抜いてはならず、相手に全力で勝ちに行くというものだ。これは「米長哲学」と呼ばれる。
一般的にそういった局面で、邪魔をしないのが敗者の美学という考え方もある。何なら観戦者からすればそう考える人の方が多いのかもしれない。が、米長は違った。
タイトル戦の1つである朝日・毎日新聞共催の名人戦の予選に、順位戦と言うものがある。順位戦においては、ざっくり説明すればB級からA級へ昇級し、その中で1位になったものが名人のタイトルホルダーに挑戦できる権利を得る。
1969年の順位戦において、当時26歳の米長は、中原誠(後に十六世名人・永世王位・永世棋聖・永世十段・名誉王座を獲得)と共にB級1組に昇級。A級への昇級に関しては内藤國雄(後に棋聖・王位を獲得)が既に決めており、このチャンスをモノにしないと年齢的に後がない58歳の大野源一と中原が争っていた。12回戦が終わりこの時2人は共に9勝3敗で、同成績なら順位が上の大野がA級への昇級を決めるという場面である。最終13回戦で大野は米長と当たった。年功序列が当然の摂理であった当時において、7勝5敗で昇級も降級も考えなくていい米長も、無論手は抜かないが目無しなら勝ちを譲る局面とも思われた。が、米長はそこに羽織袴の正装で現れた。通常タイトル戦などでしか着用されることのないその服装は、手加減するつもりは無いという意思の表れであった。結果、米長は大野に勝利。中原もまた勝利したことで大野はB級1組残留。中原は米長が勝つというある種のアシストによってA級への昇級を果たした。
これには将棋界の内外からも賛否両論あった。『あくまでトーナメントなのだから勝ちを狙うのは当然』という意見もあれば『自分に利益が無い以上は相手を利するべき』という意見もあった。1年後米長もA級への昇級を果たすのだが、これについて後年、著書「人間における勝負の研究 さわやかに勝ちたい人へ」において、前年手を抜かなかったからこそ結果につながったと述べている。また、中原誠は当然昇級争いに参加してくるので前年上がってもらったことが有利に働いたという側面も否定できない。
米長は同じく著書「米長の勝負術」において、こう述べている。
『その対局の結果が第三者に影響を及ぼす勝負の場合、自身の勝負に勝とうが負けようが第三者の悲喜の総量は変わらないが、それが故に結局は自身が全力を尽くしたかどうかだけが残り、手を抜いてしまっては純粋に、自身にとってマイナスである』
さて、麻雀においても当然目無し問題は幾度となく起こってきた。
私の中で印象に残る対局を1つ挙げるなら2008年の第7期雀王決定戦最終戦オーラスであろうか。対局者は小倉孝、鈴木達也、鈴木たろう、赤坂げんきの4人。トップの達也はトップ流局なら優勝。小倉は達也とたろうが同点トップの場合、順位点を30ずつに分けるので、達也のポイントを20ポイントつまり20000点分減らせることが出来るので達也から1000点直撃して2着に落とすか、500・1000のツモアガリで優勝の条件である。さて、17巡目にたろうが聴牌をしたのだが、これをダマ。一応確認すると流局時には親の達也から聴牌・ノー聴の宣言が行われる為、達也が手を伏せた場合は仕掛けている小倉は流石に聴牌は聴牌だろうから、たろうが流局時に手を開くか伏せるかで優勝者が決まることになる。総合トップと2着を決めるのはたろうの流局聴牌かどうかにかかったのである。
そして親の達也が打牌ののち、たろうはしばらくツモりに行かなかった。長考の後、ツモ切り立直をかけた。聴牌宣言をすることで親の達也も聴牌で手を開くことを促したのである。思わず達也『えっ...』と声が漏れる。既に達也は手を崩した後であったのだ。結果、流局時2人聴牌で、達也はノー聴罰符で準優勝となる。
この直後、たろうは目を真っ赤にさせながら達也に謝罪した。『ホントにごめん、どちらを優勝させていいのか、俺には決められなかった。達也にテンパイを取らせれば、俺の優勝の可能性は続くから。今までこうやって、決勝を戦ってきたんだ』。責任を放棄、と言ってしまえば簡単だが、これは対局していない人間に責められるものではない。が、達也は返した。『俺が伏せたら、その時点で終わりだから、伏せればいい。あのリーチはない』。立直が宣言されている場合は立直者から倒牌するルールである以上、強制的に手を開かせようとしたたろうのプレイングは、2連覇がかかった達也からすればやるせないのも分かる。が、優勝後、小倉は語った。『たろうさんならテンパイを取ると思っていました』と。なんと小倉は形式聴牌を取っていただけであった。B2級からともに戦ってきた小倉はたろうの雀風を知っていた。知っていたからこそ形式でも聴牌を取った。「聴牌を取ると確信」していたのである。そして達也はそれまであまり対戦経験が無かった。「聴牌を取らないと確信」していたのだ。その違いだろうか。
対局後騒然とする場において、協会の五十嵐毅代表が誰より早く拍手をはじめ、周りがそれに続いたのはある種救いだろうか。
プロの対局において「オーラスの目無しは和了りを目指すべきか否か」。こう言ってしまえば和了りを目指すべきなのは当然に思えるが、目がある側視点で言い換えるとこれはつまり「邪魔をするかしないか」と言うことに等しい。つまりは主役は誰なのかと言う論理に落着する。
私には麻雀に関して持論がある。「主役は何人いてもいいが、主人公になるなかれ」である。よく麻雀において邪魔ポン・いらない和了りという発言を耳にするが、結局のところ麻雀とは誰目線で考えるかが重要なのだと思う。自分本位で考えるなら他家の和了りは全て邪魔和了りだし、他者本位で考えるのならばオーラスラス目の自分の1000オールは点数を増やしたとて、2着からすれば邪魔和了りだしトップ目からすればナイスな和了りなのである。主役は何人いてもいい。並び立つことも勿論あるだろう。しかし、そこに存在するのは対等な主役であり、出番の後先の差のバランスの問題でしかない。主人公になってしまえば、脇役である他家の和了りは全て自分本位でしか考えられなくなるし、そこに対等な考えは発生しえなくなるのだ。それは時として他者の忍耐の許容を超える態度に現れたりすることになり得る。
つまりは、そこが対等であるからこそ常に和了りは目指すべきだし、そこが対等であるからこそ、プレイヤーは主役たり得るのだ。相手の昇級・優勝がかかっていることからの類推・忖度を行わないことこそ、相手への最大限の敬意なのである。これは、米長・鈴木たろうの考えとも一致するものがあるし、何より、一局を最大限にと言う点で以前書いた「アナログ思考」での私の考えと合致する。
前述の「人間における勝負の研究」において米長は言う。
『世の中に真実が一つしかない、人間のあるべき姿は一つしかないと考えるのはおかしい。将棋では「こう指しても一局」とよく言います。最善手は常に一手だけで、必ずそれを指すべきだと考えれば、誰も将棋は指せなくなる。世の中のことも、きっと同じでしょう。バランスが片一方に偏りすぎていると見た場合に、私は、少々極端に見えることを言うことがあるのは、何事にもバランスと許容範囲というものを大切にしたいからです』
相手に対する敬意は対人ゲームにおいて決して失くしてはいけないものである。それを失うからこそ相手の鳴きや和了りが自分に対して「邪魔をしているモノ」という発想が芽生え、彼我に「感情的な相対差」を生まれさせ、「相手も和了りに向かっている」と言う根本的な原則を見失う。自分が主役の時は相手は脇役に「回ってくれている」のであって、相手は決して常に脇役でいるのではない。ましてやそれが当然でもないのだ。米長は続ける。
『実戦では、必ずしも最善手ばかりを指せなくてもかまわないのだ、という「雑の精神」を言い換えますと、戦いというのは、相手にどこまでなら点数を与えても許されるのか、つまり許容範囲で捉えていく、という発想です。要するに、決定的に負けになるとすればどこなのか、そういう感覚で、常に対局に臨めば、勝負はなんとかなる、という勝負感なのです』
主役もミスをすることはあるのだ。それでこそ話は複雑さを増し、共感を呼ぶのだ。